01


Side 千尋



今日は日曜日で夏野も休み。
少なくなった食料品を買いに、もちろんメインはデートだが、お昼をオシャレなカフェで済ませて夏野と一緒に店を出た時。

「あれ?藤宮じゃねぇか」

見知らぬ男に声を掛けられた。
背は夏野より若干低いくらいで、短く纏められた髪がその男を爽やかそうに見せる。着ている服もシンプルで、年齢は二十代前半。夏野と同年代っぽい…。

「土井?なんだ、こんなとこで会うなんて珍しいな」

ぽいんじゃなくてどうやら夏野の知り合いらしい。

「初めてじゃないか、会社の外で会うの」

「あぁ、そうかも」

誰だか分からない相手と話す夏野にオレは疎外感を感じて、夏野の服の裾を掴むと軽く引いた。

「…誰?」

それだけで直ぐにオレに視線を向けてくれた夏野はその男を紹介してくれる。

「会社の同僚で土井だ。土井、こっちは弟の千尋」

「へ〜、藤宮ん所は兄弟仲が良いんだな。休みに兄弟で出掛けるなんて」

「まぁな」

夏野の同僚か。
夏野と男の関係が分かった所でオレは口を挟まず冷静に、夏野の側で土井という男を眺めた。

「しっかし休みに兄弟で出掛けてて大丈夫なのか?」

「何が?」

「何がじゃねぇよ。例の彼女、折角の休みなのにデートとかしなくて何か言ってこないのか」

例の彼女?何ソレ。
聞き捨てならない単語にオレは傍らに立つ夏野を見上げた。

そして夏野は例の彼女とかいうものを否定しないまま土井と会話を続ける。

「大丈夫だ。予定が合う時はちゃんとデートしてる」

「ほほぅ。そりゃ羨ましいね」

「お前こそ一人で街中ぶらぶらしてないで女に声かけてみたらどうだ」

その気安いやり取りにむっとくるものもあるが、オレの知らない夏野の彼女って誰?何?

もやもやとした想いを抱え、我慢しきれずオレは低い声で口を挟んだ。

「オニイチャン、彼女って?」

しかし、オレの疑問に答えたのは夏野じゃなかった。

「お、何だ。弟君も知らないのか?藤宮の彼女」

「…土井さんは知ってるの?」

見上げた先の夏野は何故か苦笑を浮かべるだけで口を開こうとせず、オレと土井さんの話を聞いている。

「社内じゃわりと噂になってるからな」

「で、彼女って誰なの?」

「う〜ん、誰って言われてもまだ誰も見たことがないからなぁ。ただ一つ分かってるのは藤宮の彼女は料理上手ってことか」

考えるように言った土井さんにオレはン?と首を傾げる。料理?

「藤宮の持ってくる弁当が彼女の手作りなんだと」

弁当って、手作りって…

「その上可愛いんだろ?な、藤宮」

夏野へ投げられた言葉に土井さんへ向けていた視線をオレも夏野へ移した。
するとぱちりと夏野と目が合い、緩く口端を吊り上げた夏野はポンとオレの頭に右手を乗せて笑った。

「そうだな。少し妬きもち焼きだが可愛い恋人だ」

「それって…」

「ま、誰にも見せるつもりはないから土井が見ることはないな」

くしゃりとオレの頭を撫でながら夏野は土井さんに不敵な笑みを向けて言った。

「見るなって言われるとますます見たくなるな」

「残念だがその機会はない。俺より自分の心配してろよ」

「ぬかせ…」

最後に軽口を叩き合い、土井さんが去って行く。
その背を見送ってからオレは夏野に声をかけた。

「ねぇ、夏野の彼女って…」

「当然お前の事だ」

ふっと和らいだ眼差しがオレを見下ろし、優しく髪を梳いた手がオレの頬に触れて言う。

「お前以外にはいないよ」

「夏野…」

穏やかに笑う夏野を見上げていれば、頬に添えられていた指先が輪郭をなぞるように下へと滑っていき、微かに唇を掠める様に触れられる。

「あ…っ…」

ゆっくり離れていく指先を目で追った先で、夏野はその指先を自分の唇に押し当てた。

その仕草にきゅぅっと心臓が収縮し、どきどきと鼓動が騒ぎ出す。
じわりと火照りだした顔に、オレが恥ずかしさを覚えていると唇から指を離した夏野が右手を差し出し言った。

「さ、デートの続き、するんだろ?」

「…っ、…うん!」

その手に左手を重ね歩き出す。繋いだ手、指先を絡めてオレはにこにこと笑った。

通り過ぎたショーウィンドウに夏野と自分の姿が写る。その姿に、オレは頬を緩ませながらもおずおずと夏野に訊いた。

「でも、良いの?」

こんな人の多い街中で手を繋いだりして。
オレは嬉しいけど夏野は…。

「大丈夫だ。逆に人が多いから。それにほら、誰も俺達に注目してる人なんていないだろう?」

「…うん」

言われて見ればその通りで。皆自分達のお喋りや買い物に夢中でオレ達を気にする人はいない。

「分かったなら、余所見はするな」

「うん」

「お前は俺だけを見てれば良い」

「うん!でも、…オレは最初から夏野しか見てないからね!」

繋いだ指先を引いて、胸を張って言ったオレに夏野は一瞬虚を突かれた顔をし、ふっと優しく笑った。

「そうだったな」

「そうだよ」



その後、買い物デートを続けてオレは本屋で料理本を買ってもらった。
近々、夏野のお弁当には新メニューが入る予定だ。



END.


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